Story

物語

東京郊外の人気のない場所。心臓発作で倒れたひとりの男が死ぬ。彼は山口慎也。仕事はネットの古本屋で、原民喜の小説と木下夕爾の詩が好きだった。妻の亜矢子は、彼の死後、夢で慎也に会い、彼の残したノートの言葉を読み、ときには彼がそばにいると感じることがあった。

一年が経過。亜矢子のまわりには、いまは北海道にいる友人の佐々木ユキ、その恋人の川村講平、慎也の母信代と異父弟の翔がいる。翔は芸大を目ざす受験生で、亜矢子に好意を抱いていた。講平は映画監督。その頭のなかには、自分の撮ろうとする映画の登場人物になったユキがいる。ご飯はできているか。「人を招いてごちそうする映画」を講平は思った。

亜矢子は、仲間とデモから戻る途中の翔に偶然に会い、そのやさしさに触れた。同じ日、北海道から戻ったユキが講平とごちそうをつくり、亜矢子の三十歳の誕生日のお祝いをした。

その夜、ある空き家の庭にいた翔は、慎也の気配を感じ、キャッチボールをする。亜矢子のことを「好きだ」と告白して投げたボールは、慎也ではなく、ある男の手に届く。その男のさまよう地上には、原民喜の「心願の国」を読む慎也の声がひびいていた。