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上映レポート

  • アップリンク吉祥寺 3月21日

    『パラダイス・ロスト』公開2日目の3月21日。
    トークゲストの小説家町屋良平さんも福間監督も、盛況の観客席後方で、鑑賞。初日にチェックできなかった福間監督は見終わると「音、もうちょっと上げてもいいかな」。

    上映後のトークは、お二人の、おたがいの仕事への敬意が伝わってくるとともに、映画にせよ、文学にせよ、表現で大切なのはどういうことなのかを追求する、とても興味深い内容のものでした。「身体と言語」を軸にした表現で若者の熱い支持を得ている芥川賞作家の町屋さん、その軽快なフットワーク。71歳の詩人・映画監督も楽しそうにそれに並走します。

    町屋さん「見る前からおもしろいだろうなとわかる作品でした。自分の好きなタイプの映画だから。福間さんの映画、自由に入っていけるのがいい」。
    福間監督「一回見ただけではわからないと言われることがあります」。
    町屋さん「わかる作品には『わからせられた』気がすることも。何回見ても『わからなさ』がつづくこと、それがいい場合もあります」。
    福間監督「『わかる』ってどういうことなのか。ぼくの場合は、ぼく自身がそんなにわかってない。とくにラッシュがあがってくるとボーゼンとする。どういう映画になるんだろうかって。編集やってるうちに教えられる感じです」。
    町屋さん「小説を書くとき、読者よりもわかっている自分というものがじゃまになることがある。わからないところに立ち戻る」。

    福間監督「映画はスタッフ、キャストと一緒にやっていく。ぼくよりも役者がつかんでいるものがあって、ああ、そうなんだと教えられる。それが楽しいです」。
    町屋さん「小説書いていると映画を羨望する。その羨望するものが『パラダイス・ロスト』には濃く出ている」。
    福間監督「人でも、モノでも、風景でも、書くときはゼロからでしょう。映画では、目の前に現れてくれる。存在してくれるってこと。それをありがたいと思う感謝の気持ちで作るってことがある」。
    町屋さん「そうですね。亜矢ちゃんもユキもセリフを発する。存在してくれちゃってる……」。

    こんなふうにスタートしたトーク。話題は、『パラダイス・ロスト』の緑、「きれいじゃないきれいさ」を狙うこと、映画館で見る映画の誘い込む力、「死」とこの世界のあり方、だれのものでもない「言葉」の大切さ、映画と文学に共通するものと相違点、作者と他者の関係、などなど、次から次へと展開されました。

    「監督特集プラス2」にも通って福間ワールドの全貌に触れた町屋さん。「特集上映を追って見るのは初めてのことで、楽しかった。福間さんらしさにあふれながら、一作ごとにちがうものになっている。とても刺激を受けました」と。
    町屋さんは、小説の最新作『坂下あたると、しじょうの宇宙』(集英社刊)のことも語りました。「詩を使っている作品なんです」。
    「町屋さんの小説、入っていくと一気に読まされる。詩に近いところがって日本語の表現として新しさを感じる」と福間監督。

    いつまでも終わりそうにないトークでした。
    町屋さん、ほんとうにありがとうございました。
    みなさん、『パラダイス・ロスト』への応援、ひきつづきよろしく!
    (宣伝スタッフ 吉祥寺の娘)

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