Reports / Kenji Fukuma's Page

福間健二のページ

  • 『パラダイス・ロスト』に出てくる詩 04

    *福間健二作品 部分が出てくるもの(1)

    パラダイス・ロスト


    この四月からまた値上げされた旧3級品のひとつ、三六〇円になったわかばを、ほんの少し前までは一九〇円だったじゃないかと思いながら吸っていると、ルーシーが壜をふたつもってやってきた。裸足で踊るのが好きなルーシー、きょうはスニーカー履いている。


    これはラフロイグ。大きな壜はねむれねむれ。どっちからやる。どっちも大好きなんだけど、いま一年に一回やればいい方という節制中で、飲めない。いや、飲まない。でも、きみの感じる海の作用で、ラフロイグ、大きな湾のそばの美しい窪地が見えてきた。


    レッドアイもだめ。強い弱いは関係ない。水で酔うのがきょうの得意技。ここはもうあまりいいことない。そうかもしれないが、それも関係ない。長い時間かけて風が作った地形に敬意が湧いて、アイラにも鹿児島にもあるそれとぼくに似た男の破滅をひとつの絵に。


    窪地。閉じた目の奥にも。だれかが置いていった粗大ごみ、でもシールのない姿見にルーシーの足が入ってくる。スニーカーと靴下を脱いでも、きのうの裸足じゃない。何を踏んだのか。タトゥーの星の列が乱れている。新しい人生。新しい苦難に会うということだ。


    降りたい。でも、降りていいのか。明日じゃない、いま苦しい、あかない蓋。ほら、そこに人間を返上した動物がいるだろう。這いまわり、可愛いところもあって、束ねてあった紙や布をバラバラにしている。砂が押しよせる国境の近く、戦争が作った窪地もある。


    まだ大丈夫。質問するとそれにちゃんと答えようとする人たちがいる。自分のしたこと。両手で包んだ淡い希望。守れなかった約束。どのルーシーが相手だったのか。ぼくはいつか書いたことがある。餃子、小さく刻んだちくわを入れて歯ごたえを作るんだったね。


    無防備な、明るい川べりからの戻り方。つまり人であること。そのために突き落とされる穴があいて、錆びない塩化ビニール、どの方向にも接続する相手のいない管だ。ここまではわかって日が暮れる。これから何と戦うのかがわからない。墓地になった窪地もある。


    刃物で皮をむいたり、掃除機をかけたり、まだ忙しい人。パスワードも変更した。伝統も不思議もいらない、民間の紺色。戸棚の上の鏡から香りを放つ母たちも役に立たない。じゃない、使い方がわからないだけよ。ルーシーのもってきた壜がゆっくりと揺れている。


    手持ちぶさたでつかんでいた。地面に立つ、何のためかわからないポール。一晩で時代が変わり、親切な道案内がそれに取り付けられた。そうだったのかとダンスでもすればいいのだろうが、迷う子は鳥に生まれかわり、ぼくは戸棚のひきだし全部あけてしまった。

    10
    バスはまだあるが、今夜じゃなくてもいつかは行く終点の窪地について書いてきた。まだ見ぬかかとがそこで踊るのだ。確信犯の列に入れない星からのメッセージがこのぼくの主張に紛れ込んで、最後から何番目のルーシーだろう。呼ぶ声に振り返っても撃たれないのは。

    〔ノート〕2018年4月9日から18日までに書いたツイート詩。「パラダイス・ロスト」のタイトルはこのときに生まれていた。亜矢子と亀田くん(宇野祥平)が慎也(江藤修平)の死んだ場所を訪れたときに読みあう慎也のノートの言葉の、亀田くんの読む部分として、この9の部分を使った。あとで慎也の声でも流れる。

  • >> 記事一覧へ