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  • 『パラダイス・ロスト』について

    前作『秋の理由』のあと、『天使の生きる場所』というタイトルで準備してきた作品の企画が破綻したのが2018年4月。どうしようかと思った。頭のなかにあったのは、室野井洋子と首くくり栲象、その身体表現にぼくが引きつけられてきた二人の死だ。

    パラダイス・ロスト。英文科の大学院生のときに苦しめられた大名作のタイトルが呼び込まれた。同時に、木下夕爾の詩「死の歌」と原民喜の遺作短篇「心願の国」をかさねあわせて見出していた、この世の外に追われる死者の、地球への思いも。

    ひとりの死者が自分の去った世界を見ている。そのイメージが浮かんだ。映画の客観ショット、だれが見ているのかという昔からの問いがある。そのひとつの答えになるのではないかと思った。死者は、ネットの古本屋をやっていた山口慎也。生の側には、絵の好きな妻の亜矢子、美大をめざす弟の翔。この三人がまず動きだした。

    キャスティングも思いながら、人物と物語をつくっていった。

    亜矢子には、片山慎三監督『岬の兄妹』や一連の城定秀夫作品での熱演が話題になる前から注目してきた和田光沙。亜矢子の友人ユキは、『あるいは佐々木ユキ』のユキの七年後の姿、もちろん小原早織だ。その恋人の映画作家川村講平には、『秋の理由』につづいて木村文洋監督。翔には、この作品に全面協力してもらうことになる吉祥寺美術学院で出会った我妻天湖。慎也には、何人もの候補から死者の悲劇性のステレオタイプを打ち破ってくれると確信した江藤修平。

    この五人のまわりに配置した役には、宇野祥平、森羅万象、佐々木ユメカ、スズキジュンゾといった、思いを寄せてきた「役者」が揃った。長いつきあいの人たちとともに。

    この地上、この世界。うまく行っているように見えていたことも音たてて崩れている。パラダイスを夢見ることはもうできない。ここで私たちはどう生きるのか。どう夢をとりかえすのか。生と死の境界をこえる視点から、幻想的かつリアルに、「いま」を抱きしめたいと思った。私たちの生きる場所を再発見するために。

    〔ノート〕
    チラシ裏にぼくの文章があった方がいいという松本桂助監督の提案を受けて、2019年11月22日に、いわゆるイントロダクションとストーリーも兼ねるものにするくらいの気持ちで、これを書いた。デザインを考えていくなかでこのまま使うのはどうかということになり、最終的にできあがったチラシでは、これを短縮したものが使われている。

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